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2024.07.01

知財業界の教育はスパルタが良いのか?ゆとりが良いのか?

教育全体で語られる「スパルタが良いのかゆとりが良いのか?」二者択一で語られることもありますが、もっと細分化すべきだと思います。知財業界にいる私の経験と考えに基づき、読者の方に何らか考えるキッカケを与えることができたら幸いです。

 

私は商標と意匠を専門とする弁理士です。新卒で約10名の特許事務所に5年勤務し、約700名の特許事務所に6年勤務した後に、特許事務所を開業して5年目です。それぞれの事務所での教育についてお話します。

 

1.小事務所時代

一つ目の事務所は超スパルタでした。「基本は教えるが後は盗め」というスタンスで実力がなければ怒られ人格否定されることもありました。当時私が主に担当していたのは商標調査でした。入所時点で弁理士試験の二次論文の必須科目までは合格していた私は、商標法の基本知識は持っていたつもりでしたが、実務は分からないことだらけでした。所長は「商標なんて簡単だろ!」と仰っていて、特許専門の弁理士だったこともあり難しさを理解してもらえず苦労しました。また、私の説明がつたなく怒られることも多々ありました。所長と先輩から人格否定され続けたこともあり自信喪失し、パフォーマンスはより悪くなる悪循環となり、入所数ヶ月でクビ予告宣告を受けました。

 

クビになることを避ける手段を考え、芸能人のベッキーを真似して、毎日反省ノートをつけるようにしました。帰宅後に仕事での出来事を文章化して客観的に評価していくものでした。そうすると、怒られたことのうち正当なものと不当なものが見えてきて、自己の全ての行動が間違っているわけではないことに気付きました。

 

そして、「どうせクビになるなら」と思い、不当な叱責には言い返すようになりました。それでさらにとんでもなく怒られることもありましたが、徐々に好転していきました。また、とにかく調べまくったことも好転していった理由の一つだったと思います。審査例や審決例のみでは納得してもらえないため、書籍や裁判例を調べ理論武装をしました。

 

その結果、事務所を辞める頃には「商標って難しいなぁ。」と所長に言ってもらえたのは印象的でした。ちなみに実務歴15年が経過した今でも商標調査は難しい仕事だと感じています。原則の例外の例外の例外の…みたいなことも多く、登録可能性についてグレーな判断が溢れている前提で(特許庁内でも判断は分かれ、特許庁と裁判所で判断が分かれることもある)、判断しないといけないわけですから。

 

話を教育に戻すと、当時の事務所の教育方法は、「基本は教えるが後は盗め」、「実力がなければ何を言われても仕方がない」、「自分で這い上がれ」というものと私は認識しています。この教育方針があったために私が成長したことは否定できません。現に、依頼人と話している際にこちらの少しの説明不足で怒らせてしまうこともあり、厳しく指導されたことの意味を実感したこともありました。一方、そのような教育方法により潰れて辞めていった人も複数いたため、全肯定できる教育方法ではありません。私が後輩を教える際にも、厳しくし過ぎてしまったという後悔があります。 自分の新人時代よりマイルドにしていたつもりでしたが、今考えると不必要な厳しさもありました。

 

小事務所時代の話の詳細はゆるカワ商標ラジオで語っています。

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2.大事務所時代

二つ目の事務所はどちらかというと”ゆとり”でした。経験者として入所したのもあってか、特許庁に対する手続についてはガッツリ教育を受けた印象がなかったからそう感じたのかもしれません。一方、英文でのやり取りに慣れていなかったため英文チェックは徹底的になされました。弁理士のチェック以外にもネイティブチェックも受けられる環境で大変勉強になりました。

 

私の所属していたチームでは、基本的に相互チェックをしていました。上司からのチェックというよりは対等なメンバー間でチェックをし合うという方式でした。様々なメンバーの成果物を見る機会があり、それらのメンバーに見られる機会もありました。自分だけだと感覚的に行っていることも、他人に指摘するには審査基準や審決等の客観的な情報に基づいて説明できないといけません。そして、本当に指摘すべきなのか、指摘する程でもないのかを吟味することになります。それを繰り返していくと、真に修正すべきか又は好みかが他人の成果物だけでなく自分の成果物でも見えてきました。また、審査基準等の理解が深まりました。

 

また、仕事外で休憩時間に他の課のメンバーと勉強会をしていました。普段は仕事を一緒にしていないメンバー同士でプレゼンやディスカッションをするものであり、とても勉強になりました。

 

3.独立開業後

現事務所は当所一人で独立し、途中から前職時代の弁理士(経験者)と共同で経営しており、誰かを雇っていない状況です。つまり、いわゆる新人教育はしていません。一方、互いの実務での相談や気になった裁判例等の情報共有をして能力を高め合っているため、ある意味「相互に教育している」ともいえます。共同経営の恩田弁理士と私は、大事務所時代にしていた上記勉強会で中心メンバーだったため、当時の勉強会を今も続けているような感覚になっています。また、別の事務所の弁護士や弁理士と一緒にオンライン勉強会も行っています。

 

本来は人を雇って育てていくのが特許事務所での教育なのかもしれませんが、現在の弊所の方針では未経験者を雇っておりません。一方、ゆるカワ♡商標ラジオという番組(YouTube、Podcast)を4年間運営しており、視聴者が学べる情報を提供し続けています。この番組のために情報を収集・整理・発信することは私自身の学びになっていますし、視聴者(弁理士を含む)からのフィードバックも学びになります。

 

4.まとめ

私の体験に基づくと、知財業界の教育において一定の厳しさは必要だと思います。しかし、厳しさに人格否定を含めてはいけません。また、教育者からの指導にも限界があり、新人が依頼人と直接対峙し自分で体感して初めて腑に落ちることもあります。そうすると、教育者は最初から全てを指摘すべきではないのだろうと思います。最初は絶対に押さえるべきポイントの伝達を徹底し、徐々に細かい点を教えつつ、依頼人に直接対峙させこれをサポートをする必要があるのでしょう。そして、好みは意識的に排除する必要があり、そのためには客観的な情報に基づく言語化が重要です。また、対等な弁理士から、チェックを受けたり意見交換をする機会を確保することにより、好みか否かに関する精度も高めていけるのだろうと思います。

 

弁理士の日記念ブログ企画2024の記事でした。ちなみに、弁理士の日7月1日は弁理士法の前身である「特許代理業者登録規則」が施行された日にちなんでいるようですが、初めて弁理士の登録がなされたのも同日です。この日本初の弁理士、日本初の女性弁理士(士業)、特許制度の始まり等についての解説は以下にございます。

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