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2019.12.01

AI vs 弁理士 出場者解説

AI vs 弁理士の記事のとおり、AIと第3ステージで戦いました。 今更ですが、忘れないうちに振り返りたいと思います。

 

動画はこちら↓

 

商標実務に詳しくない方もいらっしゃると思いますので、まずは、識別力についての解説をし、その後、対決結果及び回答に至った経緯を解説し、最後に感想を述べます。

 

1.識別力の解説

識別力の正確な定義は長くて難しいですが、ざっくりいうと「特定のブランドだと認識させる力」とご理解ください。例えば、商品「Tシャツ」について、以下のような企業名や商品名と認識できるようなものは「識別力有り」となります。

 

   ユニクロ  HEAT TECH  

 

逆にいうと、商品の製造地・機能・ジャンル等(まとめて「性質」と呼びます)を示す商標は「識別力なし」となります。例えば、商品「Tシャツ」について、以下のようなものは識別力がありません。

 

    CHINA         保温性抜群   casual

 

このような言葉を見ても、消費者は「中国製のTシャツ」、「保温性の高いTシャツ」、「カジュアルなタイプのTシャツ」のように思うだけです。言いかえると、企業名や商品名のようなブランドと認識(識別)できません。このような言葉は「識別力がない」として商標登録されません。

 

ここで重要なのは、商標「casual」は、商品「文房具」についてであれば識別力があるということです。商標は、商品(又はサービス)とセットで考えるため、商品によって識別力の有り無しが変わります。

 

なお、「靴下屋」のように特定の会社が長年使用する等によりブランドとして有名になった場合、例外的に識別力有りとなります。

 

識別力の判断基準・手法について興味のある方は、長くなるのでこの記事をご覧ください。この記事のとおり、普段は審査例等の過去の判断例を調べて識別力の有無を判断します。しかし、今回のAIとの対決では、答えバレを防ぐため、過去の判断例を調べてはいけないという制限がありました。また、時間の制約もあったため、そこが苦労した点です。

 

2.対決結果等

 (1)ルール
・10個の商標(10問)について識別力の有無を回答する
・1問1分で回答する
・審査官が拒絶理由を通知したかどうかが正否の基準となる
・正解数の多い方が勝利
 
※識別力無しという拒絶理由通知に対して、反論すれば覆って商標登録されることは多々ありますが、今回のイベントのルールは、あくまでも拒絶理由の通知があったかどうかでした。

 

 (2)準備
1問1分という短い時間で素早く検討するため、回答の準備として、以下の各種サイトを開いていました。

 

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商標が商品の性質を表す言葉かどうかを検討するために、言葉の意味を正確に調べる必要があります。このため、各種ウェブ上の辞書を開いていました。英和、国語、仏和及び伊和の辞書です。なぜフランス語やイタリア語のも開いてかというと、アパレルではフランス語やイタリア語由来の言葉があり、例えば、「gilet」は、フランス語でベストを意味しますので識別力無しと判断されます(事前にアパレル分野の商品のみの問題が出題されると聞いていました。)。
 
また、商標の構成文字の使用例も結論に大きく影響するので、Google検索サイトを開いていました。「アパレル AAA」や「ファッション BBB」のように検索するために「アパレル」及び「ファッション」を予めGoogle検索サイトで検索した画面も開いていました。
 

その他、名字ランキングを調べるサイトも開いていました。佐藤やsuzuki等のありふれた名字(ローマ字表記含む)も識別力無しとして登録できないところ、「ありふれているかどうか」を検討するために開いていました。

 

  (3)結果及び解説
以下の商品について識別力が有るか?(全問共通)
 
被服,ガーター,靴下止め,ズボンつり,バンド,ベルト,履物,仮装用衣服,運動用特殊靴,運動用特殊衣服(第25類)

 

1.Mexican

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                 引き分け

 

これは言うまでもありませんが、メキシコ製の被服等と認識できるため、識別力無しと回答しました。両者、余裕の正解です。

 

2.メッシュ美人帽

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               AIの勝ち

 

やってしまいました。感覚に基づくと、「メッシュ」から「メッシュ製の商品」と理解でき、「美人帽」は意味が良くわからないという印象でした。使用例を調べると、以下のように「小顔美人帽」や「襟足美人帽」等が複数出てきました。

「美人に見せる帽子」のような意味で「美人帽」や「美人帽子」の使用例が多数ヒットしました。しかし、多くの情報は出所が同じだったので、実質的にはせいぜい3、4件の使用例と思った記憶があります。そのうちの2件が「小顔美人帽」及び「襟足美人帽」という「美人帽」単独の使用例ではありませんでした。また、いずれの使用例も性質を表すのか商品名なのかが不明確でした。
 
一方、単独の使用例でなくても審査官が拒絶理由を通知することはあるので、拒絶理由は来るかもなと思い、識別力無しと回答しました。
 
さすがにこれは考え過ぎでした。

 

3.ほっと安心帽

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               岡村の勝ち

 

初見で「また帽子?ひっかけ?」と感じました。
 
感覚的に「ほっと安心できるような帽子」の意味が想起されると思いましたが、漠然としている印象でした。Google検索で使用例を見ると「ほっと安心帽Ⓡ」という情報が見つかりました。「Ⓡ」は商標登録されている場合に使用されるため、「登録なってんな~」と思いました。しかし、今回のルールでは、拒絶理由通知が来ていれば最終的に登録になっていても「識別力無し」が正解。
 
そこで複数ページを見ましたが、「ほっと安心帽」を使っているのは、どれも同じ会社の商品(「Ⓡ」付き)のように見えました。「安心帽」を調べても「ほっと安心帽」の情報ばかり出てきました。ですので、「ほっと安心帽」は商品の性質を表す語として一般的でないと考え、識別力有りと回答しました。

 

4.ダブル盛

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               岡村の勝ち

 

第一印象では意味がわからなかったような気がします。しかし、題意を考えると「なんか匂う」感じはしました。「ダブル盛」をGoogleで検索すると、ラーメンかなんかの飲食店の情報が多数出てきたのを覚えています。その後「ダブル盛 ファッション」のように検索し、下着の使用例が出てきたため、最終的に以下のように検索しました。

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すると、様々な下着販売サイトで「ダブル盛」又は「ダブル盛り」が「ブラジャー」について「胸が盛れる」ことを訴求する言葉として使用されていました。このため、識別力無しと回答しました。これは自信がありました。

 

5.ふわふかスリッパ

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               AIの勝ち

 

感覚的に「ふかふかした感触のスリッパ」だと思いました。一方、「ふかふか」ってソファーに使うけどスリッパに使わないかも、とも思いました。そこで、使用例を調べると、予想に反して、スリッパの性質を訴求するため「ふかふか」が多数使用されていました。
 
これに加え、「ふかふかスリッパ」自体の使用例も複数あったように記憶しています。ですので、これも自信をもって識別力無しと回答しました。
 
でも不正解。これはおかしいなぁ。と思いJ-PlatPatで調べると、なんと…
 
ふわふかスリッパ
 
でした。やられました。問題を見直しても「ふわふか」でした。この解説書いてる今の今まで気づきませんでした。「ふわふか」なら、識別力有りそうですね。調べてないけど。普段仕事ではこういう思い込みや誤入力を防ぐために、必ずコピペしているのですが、この時は何故しなかったのか、、やはり練習でやっていないことを試合でやるとミスりますね。

 

6.わたしのぼうし

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               引き分け

 

「わたしの」という表現は漠然としていて、帽子の性質と無関係な印象を受けました。「わたしのぼうし」や「わたしの帽子」、「わたし 帽子」等の使用例もあまりなかった気がしますが、詳細はあんまり覚えていません。色々調べた上で、帽子の性質といえる情報が発見されなかったため、識別力有りと回答した記憶があります。

 

7.快頭ずきん

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               引き分け

 

「快適な頭を保てるずきん」の意味が考えられると思いました。しかし、「快頭」の表現は普通じゃないと予測しました。そこで、「快頭」を国語辞書で調べましたが、一致する情報は見つかりませんでした。Google検索でも特に「快頭」は、確立した言葉でないという考えに至り、識別力有りと回答しました。これは自信ありました。

 

8.ヤンバルクイナ

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                         引き分け

 

一見して商品と何の関係もなさそうですが、問題になっているということは何かあるだろうと思いました。そして、「ヤンバルクイナの革で作られた服」も考えられると思い、使用例を調べました。以下のように、「”ヤンバルクイナ製”」に色々な言葉を組み合わせて検索しました。

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 いくら探しても「ヤンバルクイナ製」のアパレル系商品は全く見つからないので、さすがに大丈夫だろうと思い、識別力有りと回答しました。
 
が、何と不正解!拒絶理由通知を見ると、概ね以下の判断内容が記載されていました。
 
「ヤンバルクイナ」をデザインした商品が広く取り扱われている実情があるため、需要者は、「ヤンバルクイナ」に関連した商品であることを認識するにとどまり、「ヤンバルクイナ」は識別力が無い。
 
以下は、審査官が挙げた使用例の1つです。

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衝撃的でした。僕は数千件単位の調査及び出願を経験してきて、その過程で数々の審査例、審決例及び判決例を見てきましたが、このような判断例を見たことがありません。これを言い出すと、動物や食べ物、家具、家電等、Tシャツのデザインとして存在し得る言葉全てが登録にならないということになってしまいます(しかし、実際このような言葉の登録例は多数あります)。

 

以上言い訳でした。勉強不足であったことは否めません。

 

上記の使用例における「ヤンバルクイナ」は識別力がないと思います。一方、例えば、タグや下げ札への「ヤンバルクイナ」の表示は識別力があるでしょう。このように、商標の使用の仕方によって、識別力の有無が変わる場合があります。審査官としては識別力のない使用の仕方に注目し、一旦拒絶したのかもしれません。この拒絶理由に対して意見書が提出されています。おそらく反論が認められ、本件商標は登録になるでしょう。この場合、他社が「ヤンバルクイナ」を「Tシャツ」に使用した場合、タグや下げ札への表示等の商標的な使用は商標権侵害となると思いますが、上記審査官の挙げた使用に対して商標権侵害とはならないでしょう。

 

 

9.DIAMONDHEAD

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                         引き分け

 

恥ずかしながら、山の名前とは即座にわかりませんでした。「聞いたことあるけど地名だったかな」とか思いながら、調べているとハワイにある有名な山の名前だとわかりました。過去に有名な山の名前の出願を代理し最終的に登録になったものの、拒絶理由が来た経験がありました。また、審査基準か審査便覧に照らしても、拒絶理由は来るだろうと思いました。このため、識別力無しと回答しました。

 

10.発電下駄

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               AIの勝ち

 

始め、「発電可能な下駄?そんなんあんのか?」と思いました。そこで使用例を調べました。「発電下駄」自体の使用例を調べたかどうかを何故か覚えていないのですが、Googleで「”発電可能” ”下駄”」では使用例が見つからず、「”発電可能” ”靴”」の使用例が多数発見されたのをハッキリ記憶しています。それらのサイトでは、「歩いて発電できる靴」等を意味する言葉として使用されていました。「靴」の性質として「発電」は識別力無しだと考え、「下駄」も同じだと思い、識別力無しと回答しました。
 
ところが、不正解。


 J-PlatPatで調べると、「発電下駄」は2008年に登録されたものでした。当時と現在とでは、取引の実情(技術や言葉の使用状況)が異なるため、現在も同一の結果になるとは言えません。「発電靴」も同時に同じ人によって登録されていますが、「発電杖」は2010年に拒絶され、「発電インソール」は2016年に拒絶されています。これらの審査例に上記の使用例を考慮すると、現在「発電下駄」を出願すれば拒絶理由を受ける可能性が高いでしょう。

 

合計

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               AIの勝ち

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合計すると惨敗に終わりました。残念!

 

3.感想

同情的な意見もいただきましたが、負けは負けです。第2ステージ及び第3ステージの合計点でなんとか総合優勝できて、正直「助かった~」と思いました。


正解不正解について、拒絶理由が来るかどうかではなく最終的な判断結果とすべきという声も聞きました。一理ありますが、拒絶理由を受けたくないクライアントもいるため、そういう顧客からの依頼だと考えれば、実務に則した問題設定だと言えます。
 
今後、弁理士がAIにとって代わられるかについては、AIの技術に詳しくないのでよくわかりません。とはいいつつ、結局決めるのは顧客だと思います。サービスの質の面で、顧客がAI>弁理士やAI≒弁理士と思っていればとって代わられるでしょう。AIの方が低価格という前提ですが。
 
個人的には、弁理士同士のレベルも違うし、AIも提供者によってレベルが違うでしょうから、弁理士かAIの二者択一にしてほしくはないです。何よりも、優秀なAIがいるなら、審決や判決についてディスカッションしてみたいです!
 
今回のイベントを通して、1分間でもある程度の検討ができることに気づきました。この気づきを今後、商標サービスに活かせそうな気がしています。
 
最後に、色々大変でしたが、今回のイベントは非常に盛り上がってよかったです。次回は、観客席にてビールを飲みながら野次を飛ばしたいです!

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